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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)124号 判決 1985年12月19日

原告

エフホフマンラロッシュアンドコン

パニーアクチェンゲゼルシャフト

右代表者

エーゴンチューラー

ゲルハルトブンツ

右訴訟代理人弁理士

曽我道照

小林慶男

堀江秀巳

被告

特許庁長官宇賀道郎

右指定代理人

山田利男

外三名

主文

特許庁が昭和五五年審判第二三五九号事件について昭和五六年一二月二四日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

訴外インターナショナル リキッド クリスタル コンパニーは、名称を「液晶光変調を用いるディスプレイ装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、一九七一年(昭和四六年)四月二二日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和四七年三月八日特許出額(昭和四七年特許願第二三二五二号)をし、原告は、昭和四九年四月三〇日右訴外会社から本願発明につき特許を受ける権利を譲り受け、同年八月七日特許庁長官にその旨届出をしたところ、昭和五四年一〇月二二日拒絶査定があつたので、昭和五五年二月二九日審判を請求し、昭和五五年審判第二三五九号事件として審理された結果、昭和五六年一二月二四日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は昭和五七年二月一〇日原告に送達された。なお、出訴期間として三か月が附加された。

二  本願発明の要旨

透明な導電材料のフィルムで覆われた透明な平行板の間に設けられた正の誘電異方性のネマティック液晶物質の層、液晶物質の層の両側にあつて光線が通過できるサンドイッチ構造をなすよう透明板に大体平行に延びる偏光器、サンドイッチ構造の或る部分が光線を通して他の部分がこれによつて光学的像を形成せぬように各透明板上のフィルムの間に電位差を設定するための装置を備えた電気的情報を光学的に変換する装置において、該透明板の少なくとも一つは選ばれた部分だけが透明な導電材料のフィルムで覆われたことを特徴とする装置。

三  審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

これに対し、本願発明に係る特許出願(優先権の主張を伴う)の第一国出願の日以前に第一国出願をし、これを基とする優先権を主張して本願発明に係る特許出願の日前になした特許出願(特願昭和四六―九八二五七号)であつて、本願発明に係る特許出願後に出願公開(特開昭四七―一一七三七号)されたものの願書に最初に添附した明細書に記載された発明(以下「先願発明」という。)について、明細書の記載を検討すると、その第一四頁第三行乃至末行には右発明の応用についての記載があり、特にその第一一行乃至第一七行には、「特に、本発明による装置はアドレシングに用いられ得る。この目的のためには、多数の互いに絶縁された細片に分割された伝導性被覆を有する二枚の板の間に液晶を配置する。その際一方の板上の細片の方向は他方の板上の細片の方向と垂直である。個々の素子がアドレスされるように適当な接続によつて細片に電圧を印加することができる。」と記載されている。

してみると、先願発明に係る明細書には、板上に細片として導電被覆を行なうこと、すなわちパターンニングを適用することが明記されているものと認められるものの、板及びこの導電細片が透明であるか否かについての明示はなされていない。

しかしながら、液晶表示装置は一般に液晶に生ずる光学的変化を利用するものであるから、液晶に電圧を印加するための電極の少なくとも一方は透明な電極として構成することが慣用されている(必要なら、特公昭四五―一二八三九号公報、雑誌「エレクトロニクス」昭和四四年一二月号第七〇頁乃至第七六頁参照)ばかりでなく、先願発明に係る明細書の前記引用個所には、ホログラム記憶用のマトリックスの素子が制御に依存してコヒレント光に対して不透明あるいは透明となつて記憶を行なうものであること。及び、先願発明によるセルは一般に光の強度を夫々変調するのに用いられること、が夫々記載されているから、たとえ前記慣用手段の存在を無視したとしても、光学的変化を検出するために少なくとも一方の板及び電極を透明なものにより構成することは自明のことと認められるから、結局請求人(原告)が先願発明に係る明細書に記載されていないとする点も、右明細書に実質上開示されているものと認める外ない。

以上のとおりであつて、先願発明に係る出願当初の明細書及び図面には、本願発明の要旨とする構成の総てが実質上記載されているものと認められ、その余の明細書等の記載を更に検討しても、本願を特許法第二九条の二の規定により拒絶すべきものとした原査定は妥当であつて、これを取り消すべき理由は見出せない。

四  審決を取り消すべき事由

前記のとおり、審決は、「先願発明について明細書の記載を検討すると、その第一四頁第三行乃至末行には右発明の応用についての記載があり、特にその第一一行乃至第一七行には、『特に、本発明による装置はアドレシングに用いられ得る。この目的のためには、多数の互いに絶縁された細片に分割された伝導性被覆を有する二枚の板の間に液晶を配置する。その際一方の板上の細片の方向は他方の板上の細片の方向と垂直である。個々の素子がアドレスされるように適当な接続によつて細片に電圧を印加することができる。』と記載されている。」、「先願発明に係る明細書の前記引用個所には、ホログラム記憶用のマトリックスの素子が制御に依存してコヒレント光に対して不透明あるいは透明となつて記憶を行なうものであること、及び、先願発明によるセルは一般に光の強度を夫々変調するのに用いられること、が夫々記載されている」旨認定している(審決が認定した先願発明に係る明細書の右記載部分を、以下、「本件記載部分」という。)。

ところで、先願発明については一九七〇年(昭和四五年)一二月四日にスイス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和四六年一二月三日特許出願されたものであるが、スイス国特許出願明細書には本件記載部分は記載されていない。

右事実によれば、本件記載部分は優先権主張の対象とはなりえず、他方、本件特許出願は、先願発明についてのわが国への特許出願日前である一九七一年(昭和四六年)四月二二日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張してなされたものであるから、本件記載部分は、本件特許出願に対する関係においては、先願発明についてのわが国への前記特許出願日をもつて、特許法第二九条の二第一項にいう「他の特許出願(中略)に記載された」ものとして取り扱われるべきである。

以上のとおりであつて、先願発明に係る明細書に本件記載部分が記載されていることを根拠として、本願発明については特許法第二九条の二の規定により特許を受けることができないとした審決の認定、判断は誤りであつて、取り消されるべきである。

第三  被告の答弁

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四のうち、先願発明については、出願人において原告主張の優先権を主張して、原告主張の日時に特許出願されたものであること、その優先権主張の基となつたスイス国特許出願明細書に本件記載部分が記載されていないことは認めるが、本願発明については特許法第二九条の二の規定により特許を受けることができないとした審決の認定、判断に誤りがある旨の主張は争う。

第四  証拠関係<省略>

理由

一請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、審決を取り消すべき事由の存否について検討する。

本件特許出願は、一九七一年(昭和四六年)四月二二日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和四七年三月八日になされたものであること、先願発明については一九七〇年(昭和四五年)一二月四日にスイス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和四六年一二月三日特許出願されたものであることは当事者間に争いがない。

右事実関係のもとにおいて、先願発明に係る特許出願が特許法第二九条の二第一項の規定にいう「当該特許出願の日前の他の特許出願」に当たるとするためには、右特許出願において主張された優先権がその要件を備えたものであることを要するところ、特許法第二六条、パリ条約第四条所定の優先権制度が、発明について各国の国内法の保護を求める場合において、同時に多数の国に出願することの手続上、経済上の困難を軽減するため、発明に関し、いずれかの同盟国にした最初の特許出願(第一国出願)に基づいて、これと同一の対象について一定期間内に他の同盟国に出願(第二国出願)をした時に、出願人に対し、第二国出願について、第一国出願と同時にしていれば享受すべかりし一定の利益を享受することを認めることを目的とするものであること及び同条約第四条B、Hの各規定に照らすと、特許法第二九条の二第一項にいう「当該特許出願」と「他の特許出願」の各出願の日の前後及び優先権の主張が本件のような関係にある場合において、「他の特許出願」について優先権の効果を認めるには、「他の特許出願」の願書に最初に添附した明細書又は図面に記載されている発明が第一国出願の出願書類の全体中に記載されていることを要するものとするのが相当である。しかるに、本件において、先願発明に係る特許出願における優先権の主張の基となつたスイス国特許出願明細書に本件記載部分が記載されていないことは、当事者間に争いがないから、本件記載部分は優先権の主張の対象となりえないものといわなければならない。したがつて、本件特許出願に対する関係においては、本件記載部分は、先願発明についてのわが国への特許出願の日をもつて、特許法第二九条の二第一項にいう「他の特許出願(中略)に記載された」ものとして取り扱われるべきであるから、本願発明についての第一国出願の日が先願発明についてのわが国への特許出願の日の前である以上、本件記載部分がスイス国特許出願明細書に記載されていることを前提として、先願発明についてのわが国への特許出願の願書に最初に添附した明細書に本願発明の要旨とする構成が記載されていることを理由に、本願発明については特許を受けることができないとすることは許されない理である。

ところで、当事者間に争いのない請求の原因三の事実(審決の理由の要点)によれば、審決は、本件記載部分がスイス国特許出願明細書に記載されていないことを看過した結果、本願発明については特許法第二九条の二の規定により特許を受けることができないと認定、判断したことは明らかであるから、審決の右認定、判断は誤つているものといわざるをえず、取消しを免れない。

三よつて、審決の違法を理由としてその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官蕪山 嚴 裁判官竹田 稔 裁判官濵崎浩一)

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